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言う方に問題があるのは重々承知であえて言うが、「意味のない質問だったよ」と一国の総理に言われる方にもは問題はないのか。

安倍総理が12日の衆院予算委員会で、質問を終えた立憲民主党の辻元清美氏に対し、「意味の無い質問だよ」とヤジを飛ばしたことが報道されている。
私はその前後を拝見したが、質問終了後に、あんな大きな声で、意味のない質問だとヤジを飛ばすのは問題だと思う。


しかしながら、その前での辻本議員の質問は、鯛は頭から腐るという言葉をご存知かと発言して、総理を腐った鯛の頭扱いしていたが、桜を見る会問題や森友問題で、腐った頭というのは、ちょっと言い過ぎだろうと。そりゃまあ総理が怒る気持ちはわかるよと言わざるを得ないのだ。


ここに、辻本議員、野党の落ち度があると私は思う。本来、文書の改竄や後援会優遇、そういった問題に対して国民は納得していないわけだから、総理のこの発言で怒り心頭になるかと思いきや、一国民である私は、彼女の質問の仕方で、そりゃ総理も怒っちゃうよと同情してしまうのである。


私は、これを見て思ったのが、総理はよほど辻本清美議員のことが嫌いなんだな、と。


総理がヤジを飛ばしたり問題になるような返答をしたりする、質問の相手というのは案外限られており、辻本議員はそのうちの1人である。


辻本議員と総理のやり取りで委員会が止まるということは他の質問社に比べたら多いと思う。


それほど総理は辻本清美議員に言われるとムッとするのだろうし、辻本議員もまた総理を怒らせるのだろう。


にしても、私は「意味のない質問だったよ」という総理の発言の前に、総理の声と思しきもので「バカみたいな…」というのが聞こえたのであるが、これは正確に聞き取れないために報道されなかったが、そっちの方が問題かなと思う。


総理の意味のない発言は国会軽視というよりは、単に辻本議員の反発としか思えないし、それをわかっていながら、あえて国会軽視だなんだと大げさに言う野党はみっともないと思う。


と同時に、一番問題なのは、ここまで委員会を紛糾させてしまう棚橋泰文委員長の力量のなさだ。


少し前の、集団的自衛権に関する委員会では鴻池委員長の仕切りは野党議員からも褒められるほどであった。


それに引き換え、この棚橋委員長の記事進行はなんだ。あまりにもお粗末であり、あからさまに政府寄りである。これは野党が怒るのも無理はない。


形式上でもそうなっているが、委員長が与党であろうとも基本的に公平に議事進行しなければならない。それが全然なっとらんのがこの棚橋何某である。


そして、それが結果的に総理を苦しめることにもなり、国民の利益にもならないともあれば、大問題である。


力量のないやつの取り仕切る会議や飲み会ほどひどいものはない。まさにそれが今日の国会である。


ファッションから政治を語る小生ではあるが、棚橋委員長の服装については言及にするに値しないので割愛させて頂く。とりあえず、タキシードか何かでも着て司会進行がうまくなってから出直していらっしゃい。笑笑
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菅直人氏のことが嫌いな理由(過去に菅直人氏のファッションについて言及したブログの再掲載です。タイトルのみ変えました)

 かつて、私がブログに載せた菅直人氏のファッションについて言及したものをもう一度そのまま載せます。
これをご覧になれば、なぜ私が菅直人氏のことをそれほどまでに評価していないのかがわかるはずです。
肩書や年齢等は当時のままなので、現在とは異なりますが、あえて過去のブログをそのまま再掲載します。
私は昔から菅直人氏が嫌いだった、との意味も込めて。(笑)


菅直人。66歳。衆議院議員。民主党最高顧問。元内閣総理大臣(第94代)

 菅直人氏のファッションに関するエピソードで真っ先に思い浮かべることがある。それは首相に就任した二日後、多くのマスコミが注目しているなか、菅氏は政府口蹄疫対策本部に“満を持して”出席したつもりなのだろうが、そのときに、彼は、ブランドのタグが左袖に付いたままのスーツを着用してきてしまったのである。
 
これは菅氏にとってあまりにもきまり悪いエピソードの1つだが、私にはそれが彼の性格と政治的手腕をよく表していると思う。
 
菅氏の物事の考え方はどうも短絡的に見えてしまう。それはかつて、O157問題で風評被害を払拭しようとマスコミの前でカイワレを食べるといった“原始的”な政治アピールをしてきた時分から全く変わっていない。年金未納問題で他党の議員を「未納3兄弟」などと批判したら、自身も、厚生大臣時代に年金が未納だったことが発覚してしまい、「お遍路の旅」に出たときもそうである。また、総理大臣時代には福島原発事故が起きたときに何故かヘリで上空から“視察”をしたり、その後に東電本社に怒鳴り込んだりと、それらのエピソードの全てが短絡的な思考をもとにした行動である。彼にはそういった軽率な行動が多すぎるのだが、おまけに「癇癪持ち」だというのだから驚きあきれてしまう。
 
 しかし、上記のことは“笑い話”では済まされない。彼の行動がどれほど日本政治に不利益を与えたことだろう、か。
 
 確かに彼の気持ちもわからなくもない。首相就任二日後で、マスコミが注目しているだろうことを考え、“良い格好”を見せようとスーツを新調しようとしたところまではわかる。それは人情である。がしかし、それさえも短絡的な思考だと言えることなのかもしれないが、何より問題なのは、“満を持して”新調したスーツにブランドのタグが付いたままであったということである。そして、その“粗相”こそ、私は菅氏の政治スタイルそのものだと思うのだ。大事な場面で常に“失敗”をしてしまうのである。「ここぞ」というときに決められないオトコだと言えるのかもしれない。これは政治家として致命的である。これは単なる“うっかりミス”の笑い話ではない。彼の短絡的な政治スタイルそのものである。

 一見すると、彼のスーツはサイズ感も合っているし、生地も高級なものである。ネクタイもオシャレな色を締めるときがある。本来であれば評価されるべき(当然の意)ファッションだ。しかしながら、それがむしろ板についていないと私は思ってしまうのだ。その理由は明白である。「庶民派」や「市民運動出身」をアピールする政治家でありながら、高級ブランドのスーツを首相就任とともに着用してしまう“センス”が頂けないのである。

 民主党時代から仕立ての良いスーツを徐々に着るようになっていったということは写真を見る限り推測できる。しかし、“市民運動家”であった彼は、権威だとかブランドだとかを打破しようと政治家を志してきたはずが、いつのまにか権力を握るとその権力に固執してしまったのである。

 彼が“付けていた”タグのブランドはドイツの高級ブランドである「ヒューゴ・ボス」のものだった。それは一着15万円前後するスーツをたくさん販売しているブランドである。私は「良いスーツを着ているから庶民的ではない」というつもりは毛頭ない。ただ、彼の政治的スタンスとそのブランドのスーツがあまりにもちぐはぐである点を私は指摘しているのである。そして、そのタグを付けたまま、首相就任2日目の会議に出席してしまうといった行動は誰の目にも“軽率さ”が明らかである。彼の痛ましい政治スタイルは多くの人に見透かされてしまうのだろう。
 
 私は、菅直人氏が一時的ではあったものの、日本の総理大臣であったという事実は憲政史上最大の汚点だと思っている。彼のこれまでの政治活動はただ単に短絡的に思いついたことを軽率に行動してきた結果ではないだろう、か。そして、それが見事に彼のファッションに表れていたのである。それこそがファッションの恐るべき“表徴性”であり、私がファッションから政治を語っている所以である。
 
 ちなみに、菅氏の着ていた「ヒューゴ・ボス」というブランドはかつてナチスの制服をデザインしていたことでも知られているブランドである。菅氏がそのことを知っているかどうかは定かではないが、イタリアのブランドでもなくフランスのブランドでもなく、無論、日本製でもなく、あえてドイツのブランドである「ヒューゴ・ボス」を選んでいるという点に私は、なんとなく、違和感を覚えてしまうのである。

徒然なるままに、LGBT騒動と新潮45廃刊事件

今回の『新潮45』をめぐるLGBT騒動は、はっきり言っていろいろと間違っている。まず、杉田水脈氏の論文?(私にはまずこれらのものを論文ということに抵抗があります)には事実誤認がある。詳しく言及すれば、それほどLGBTの方々の「生きづらさ」を解消するために税金は使われていないにもかかわらず、さもたくさんの税金が投入されているかのような書きぶりをしているのだ。また、タイトルには、『「LGBT」支援の度が過ぎる』となっているが、それほどLGBTの方々が過剰に支援されているわけでもないと私は思う。しかしながら、私は、事細かに杉田氏の論文の誤りについて検証する気はない。なぜなら、そんなことよりも、“保守政治家”としての資質そのものに問題があると思うからだ。要するに思いやりがないのである。日本の保守には欧米の“conservative”とか“the Right”とかとは違った、「弱気を助け強気を挫く」風潮というものがもう少しあったような気がする。そういう意味では、彼女の寛容性のなさが露呈したこの論文を読んで、私は非常に嫌悪感を抱いたし、同時に彼女の“ネット右翼性”というものを感じざるを得なかった。他党から移籍してきた、2期目の彼女にとって、こういった発言をすることが、次回の自分の選挙のために有利に働くだろうと思ったのかもしれないが、まさに、それは、昨今の日本を取り巻くエセ保守に向けたエセ保守のためのエセ保守の政治に他ならない。人気取りをしているのは、むしろあなたのほうじゃないか、という気持ちである。政治家でありながら、これほどまでにLGBTの方々を苦しめるような論文を書くという、その一点においても、私は支持できない。そして、この論文には、LGBTの方々が日本社会ではそれほど差別されていないというニュアンスのことが書いてあったが、それと制度の問題を論じる上で、実際に同性婚が禁止されている現状を考慮すれば、本来は政治家の側が「生きづらさ」をくみ取り、制度改革をしていくべきであると思う。それにさほどの税金がかかるとは思えない。ここにきてようやく釈明の発言をされたが、いささか遅すぎたのではないだろうか。どこかのマスコミ完全シャットアウトの講演会で、渦中にいる自身について「大丈夫」と発言され、反省の色も全く伺えなかったらしいが、彼女のその自信はどこから来るのだろうか。

 さて、その杉田氏を援護射撃するはずが、『新潮45』もろとも自爆した小川榮太郎氏である。この論文?(こちらも論文と言っていいのでしょうか)もまた間違っている。「性的志向」と「性的嗜好」の区別ができておらず、中身も過激なだけで私にはそれほど意味のあるものとは思えなかった。その過激さに私は面白さを見いだせず、それ故、批判されても仕方がないと思っていた。政治家である杉田氏の批判のされ方とはまた違った意味で批判されていることに、である。しかし、小川氏の周囲における小川批判の仕方にもいささかに疑問を感じているのは事実であり、内容的に全く賛同できないため、私は擁護するつもりは毛頭ないが、そもそも、小川氏はそれほどまでに杉田氏を擁護する必要があったのだろうか。援護どころか、戦場もろとも爆破してしまった小川氏が一番驚いていると私は思う。そして、私は同時に小川氏はこれによりある種の地位を獲得し、また同時にその地位を失いつつあると思う。結果的に、『新潮45』を廃刊にしたという意味で、それほどまでに影響力のある“大物保守評論家”小川榮太郎氏になるきっかけでもあったと思うが、同時にそれは、その地位の崩壊をも意味しているのではないだろうか。まだわからないが、これにより小川氏がいわゆる“保守論壇”のなかで孤立していき、言論の場が減っていくのではないか。その風潮こそ、いかがなものかとも思うわけで、本来はもっと言論の場で擁護されたり批判されたりするべきではないだろうか。
 
 そして、その小川氏の著作物について、《「文芸評論家」小川榮太郎氏の全著作物を読んでおれは泣いた》らしい高橋源一郎氏である。当初は、小川氏の論文を「便所の落書き」としていた高橋氏の見事な転向っぷりには、こうも話を変えられるのかと思ったほどであるが、高橋氏にこそ、むしろ「二重思考」を私は感じたのである。肝心な部分である小川氏の今回の論文のLGBTの問題については言及せず、文学を愛する思いやりのある小川榮太郎Aと、傍若無人な小川榮太郎Bとに分けて、文芸評論家小川栄太郎氏について解説している程度のものだった。しかしながら、それに何の意味があるのだろうか。「便所の落書き」と言ったことについて免罪してほしいのだろうか。というより、むしろ、新潮文学賞の受賞を逃すあたりを丁寧に解説しているところを見ると、むしろ小川氏を小馬鹿にしているようにも私は見えた。

 冒頭でいろいろと間違っていると申し上げたが、この問題は政治家・杉田水脈氏の単なる稚拙な論文発表という意味合いだけではなく、文壇上で議論が繰り広げられないという昨今の文学の在り方に問題があるのかもしれない。

 「永田町に、自民の党とかやいふ党の娘勢ひまうなりと聞きて、人数多言ひわたりけれども、この娘、唯差し過ぎたることを書ひて、更に政策の類を書かざりければ、斯る異様の者、投票するべきにあらずとて、民、許さざりけり」

 これは珍談ではない。徒然なる心がどんなに沢山な事を感じ、どんなに沢山な事を言わずに我慢したか。



下記のYouTube配信動画もご覧ください。

『LGBT騒動と新潮45廃刊事件』2018年10月21日山崎行太郎と内山卓也の政治哲学チャンネル

ファッションから語る、石破茂氏の負け戦ー“善戦”が聞いて呆れる、ダサすぎるファッションセンス。これじゃ、政治的センスも訝られるよー

石破茂。61歳。衆議院議員。元自民党幹事長。元防衛大臣。
昨日、9月21日は、安倍総理の誕生日であるが、再び自民党総裁として誕生日を迎えることができた安倍晋三氏。総裁選でのファッションも取り立てて変化もなく、相変わらずの、安定的な着こなしである。敢えて申し上げるとするならば、ネクタイ、スーツがいつも同じスタイルであるため、もう少しアイテムを付け加えたりスーツを新調したりするとさらにバリエーションが出てきて良いと思う。
それに比べて、石破茂氏のファッションセンスのなさというのは、こちらが見ていて決まり悪くなるほどであった。「石破氏善戦」の文字を見るたびに、そのファッションのダサさでの完敗っぷりに、票読みなどどうでもよくなるほどであった。
まず、何度か討論会での映像を拝見したが、石破氏の髪型もペタッとした感じで清潔感がまるでない。スーツは、くたびれたヨレヨレのものでボタンの位置も低すぎるし、質感も悪ければ、サイズ感も全くあっていない。収まりが悪いの一言に尽きる。胸元のポケットチーフもペラペラしたもので、同じものを使い回ししているし、そもそも、あんなペラペラとしたものがちらつく程度ならば、無い方がよほど良い。実際、安倍首相はポケットチーフをつけていない。
よく、選挙戦では胸元に何も入れてはいけないと言われており、チーフも例外ではないのだが、そもそも日本社会でのチーフ着用率の低さを考慮しても、討論会や選挙戦ではつけるべきではないだろう。
最後に、私が何より気になったのは、あのブルーのオックスフォード地のボタンダウンのシャツである。最近では、ボタンダウンシャツにネクタイをするというアメリカンなスタイルも定番になりつつあるが、石破氏の着こなしは首元が詰まるようで、見ていてこちらが息苦しくなるほどであった。それにあの、ヨレヨレ具合といい、地味なスーツとの合わせ方といい、まるでいただけない。選挙当日も着用されていたが、もし勝っていたならば、そのシャツで総裁演説をしたというのであろうか。オックスフォード地のボタンダウンシャツではあまりにもカジュアル過ぎるし、ネクタイ、スーツとの調和もちぐはぐである。ファッションそのものがすでに負け戦の論理だと私は見込んでいた。
浅はかに挿し込んだポケットチーフといい、オックスフォード地のシャツといい、あまりにもツッコミどころが多すぎて、その付け焼き刃な感じに、見ているこちらが恥ずかしくなってしまった。
彼が善戦したとか、なんだとか讃えるメディアや風潮もあるが、まずは、最低限の着こなしを身につけるべきである。
第一次安倍内閣のときの安倍首相は、今と比べ物にならないほどダサかったが、今はそれなりの着こなしで長期政権となっている。
石破氏が次の総裁選のときに、ガラッと変わっていることを期待したい。
石破氏のスローガンである、「誠実、正直、謙虚」。これからの、石破氏が大切にすべきことは、ティムガンの言葉を借りれば、それは、「クオリティ(質)、テイスト(雰囲気)、スタイル(美しい型)」と言い換えることができるのではないだろうか。

自民党総裁選に思うこと

9月に自民党総裁選があるということで、ここ数日は各局でも各会派の動向が報道され始めた。
竹下派が分裂したということだったが、ほとんどの会派は安倍総理支持ということで、対抗馬の石破茂氏の劣勢が報じられている。
しかしながら、票読みそのものよりも、全体としてイマイチ盛り上がりに欠けているというのも事実だろう。
本来、自民党総裁選というのは、次期総理を決定するものであるため、大変重要な政治的決定なわけだが、どうにも国民の関心が低い。
私は今回の総裁選を見ていて、歯がゆく思うのは、あれほど安倍総理を批判してきたマスコミや国民が、すでに再選の可能性が高いということを理由に「しょうがないね」という風潮になっていることだ。
しかしながら、それには、対抗馬の石破茂氏に問題があると思っている。
私は石破茂氏の昨今の姿勢をあまり評価していない。彼のあのポピュリズム的発言がかえって、マイナスに作用しているように思うからだ。
石破氏はある講演会で、「『終わったあとは干してやる』とか、『冷や飯を覚悟しろ』などというのはパワハラで、自民党はそんな政党ではなかったはずだ。みんな同志なのだから、終わったら『冷や飯』もなにもあったものではない」と発言されていたが、自民党というのはそんな政党なのである。過去の総裁選を見ても、ずっとそうであったと思う。
しかしながら、私はそれで良いと思っている。自民党の総裁選というのは、結果的に総理を選出する選挙でもあるのだから、権力闘争が繰り広げられて当然である。その権力闘争こそ、政治の本質であり、政治家の本懐として行動しなければならないはずだ。
それにもかかわらず、上記のような発言をして、国民から同情を引こうとする石破氏のポピュリズム的やり方が、結果的に、国民からの信頼を失っているように思うのだ。
自分が政治家として成し遂げたいことを実行するために権力を握る。そのための総裁選であり、だからこそ、私はこの戦いに勝利しなければならない、となぜ言えないのだろうか。
パワハラだなんだ、言っているようではすでに負け戦の論理である。冷や飯を食う覚悟で総裁選に出馬するからこそ、魅力があるのであり、それをそうさせないように、最近の風潮に便乗しているようでは総裁への道は遠いように思う。大衆迎合する政治家はやがて大衆によって滅ぼされると、私は思う。
ちなみに、詳しくはまた後日投稿する予定であるが、ファッションから言えば、安倍総理の圧勝である。