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エッセイ

田中康夫氏の指摘する「行政側の人もまた一人の消費者である」ということと『ナポレオンの村』


 私は前期のドラマで「ナポレオンの村」(TBS系列 毎週日曜日21時放送)を毎週拝見していたが、これを見ていて、私は公務員のあるべき姿を考えさせられた。それは、「公務員(役人)は市民のために一生懸命働かなければならない」といった、そんな紋切り型のようなことではなく(もちろん、それも大事ですが)、田中康夫氏が指摘する「行政側の人(公務員など)もまた一人の消費者である」ということである。私は、この”消費者”を”市民”と解釈しているのだが、行政側の人も一人の市民であることには変わりないということを私たちは忘れているのではないだろう、か。

 このドラマをご覧になった方や、原案である高野誠鮮氏の『ローマ法王に米を食べさせた男 過疎の村を救ったスーパー公務員は何をしたか?』(講談社)を読まれた方は、よくおわかりだろうが、主人公の公務員は自分の仕事の限界を決めずに、新しいことを率先して実行するというスタイルで村おこしの成功を収めたのである。それは本来、政治家が行動することであって、公務員の仕事ではないと判断する方もおられるだろうが、実際、こういったように、主体的に行動している公務員の方も少なくないのではないだろうかと思ったのだ。
 
 田中康夫氏が指摘する、「官VS民」、「都市VS地方」などの、二項対立の不毛さに気づくことなく、そういった報道に振り回されてきた私たちはいつの間にか「公務員=悪」ということが念頭に置かれているのも事実で、おそらくこのドラマも、「こんな公務員は滅多にいないだろう。所詮はドラマでしょ」といった視点でご覧になっていた方も多いだろうと思う。私は、そこに、市民の側も行政の側も問題があるのだと思う。

 第5話で研修に来た他の県の職員である、筧利夫氏扮する公務員の方が、主人公ととともに村おこしに携わっていく中で、自身の子どもとの関係を修復する姿を見て、私は、「行政側の人もまた一人の消費者である」という田中康夫氏の考えが、大きな意味合いを持つだろうことを実感したのである。理想論みたいな話に聞こえるかもしれないが、行政側もまた、自身も消費者の一人であるという自覚を持つことでサービスの提供の仕方も変わるのではなないだろう、か。

 どちらにせよ、昨今の日本社会の構造には、行政側も、市民の側も、「行政VS市民」といった構図を意識しているように思う。それはマスコミの報道を見れば明らかである。もちろん、それらを取っ払うことはどちらにとってもリスクのあることかもしれない。しかしながら、その垣根を超えない限り、どちらの側にも本当の意味での幸福は望めないだろう、と私は思う。

 「チャンスをもたらしてくれるのは、冒険である」 ナポレオンより
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空港における地上勤務の責任感と"武士"

 先日、ある居酒屋さんで空港の地上勤務をされている方々に出会った。飛行機の誘導や給油などの地上業務を総称して"グランドハンドリング"というのだそうだが、その中でも彼らは、棒やライトを使って離発着時の航空機に合図を送る"マーシャラー"と呼ばれる係りをしているのである。彼らは当たり前のように(もちろん、毎日の仕事なのだから当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんが……)、その話をしてくれた。私は少しばかり酔っていたせいか、そのときに、彼らがまるで「武士」のように感じたのである。三島由紀夫氏が市ヶ谷で自衛隊員をそう呼んだということが思い出されたのか、私にはそのとき、ふとそう感じたのである。やや大げさな表現になってしまったが、この時代にそれほど、ある種の緊張感を抱いた仕事をしているということに何やら「武士」に通ずるものを感じたのである。彼らは毎日、何十人、何百人が乗っている航空機を何十機と担当しているわけであり、無論パイロットなども同じではあるだろうが、多くの人命を預かる緊張感というのは凄まじいものだろうと想像できる。
 
 小林秀雄氏は『考えるヒント2』(文春文庫)の「忠臣蔵Ⅱ」の中で、江戸時代以降の武士が《実在の敵との戦いを止めて、自己との観念上の戦いを始めた》と書いていたが、観念上とは違うものの、敵と戦うのではない"緊張感"といったところに、私が彼らを"武士"と感じた"ヒント"があるのだと思う。私は飛行機で移動するということは滅多にないので普段はあまり気にしていなかったが、日本に、毎日毎日、多くの人命を”直接的に”預かる仕事があることを実感した。そういった意味でも、素直に敬意を表したいと思う。

追悼 やしきたかじんさん ~面識もない1人の大ファンとして~


 歌手・タレントのやしきたかじんさんが、2014年1月3日にお亡くなりになった。あまりにも衝撃的なことで、最初にその報道を目にしたとき、私は信じられなかった。そして、たかじんさんがお亡くなりになったという報道をいくつかテレビで見ているうちに涙が溢れ出た。面識のない芸能人の方がお亡くなりになって、涙したのはやしきたかじんさんが初めてのことだった。正直、こんなに悲しい気持ちになるとは思っていなかった。そして、その報道が7日に発表された理由が「正月のめでたい気分を自分のことで悲しませたくない」からとのたかじんさんの遺志をくんだということを報道で知って、また泣いた。

 私はやしきたかじんさんが芸能人のなかで一番好きだった。大ファンであった。私は関西出身ではないが、小さいときからやしきたかじんさんの影響をとても受けていた。憧れの人であり、本当に好きな人であった。どの番組をきっかけに彼の存在を知ることになったのかということは、はっきり覚えていないが、自分の友人や東京ではあまり知られていないということも何故か私にとってはとても嬉しいことだった。そのうちに彼の歌の存在を知ることになり、今ではカラオケに行けば必ず彼の歌を数曲歌うほどだ。「東京」は本当によく歌う歌で必ず歌うようにしている。私の友人には私が「やしきたかじん好き」であることは浸透している。

 やしきたかじんさんの50歳の記念のコンサートは何度も見た。そのなかのトークも最高に面白くて、普通の歌手の方ではあり得ないほどよく喋るのだ。そして、それが本当に面白い。歌も特徴的な歌い方であり、歌に対する情熱を感じる歌い方であった。司会者としても超一流でたくさんの伝説がある。私は「たかじんnoばぁ~」という番組を初めて見たときに本当に面白くて、現在のテレビにそういった面白い番組がないことに不満を持った。私はやしきたかじんさんほど面白くて素敵な司会者を知らない。彼の番組を見たことがない人でテレビのことを語る人がいたとすればそれは全く信用できない。あれほど面白い番組を私は他に知らない。

 とにかく、やしきたかじんさんという人は凄い人なのだ。ナンシー関さんもやしきたかじんさんのことをコラムに書いていたが、たかじんさんは最高に面白いタレントであるのに、超一流の歌手であるいうことも面白い。失礼な話かもしれませんが…。

 東京でやしきたかじんさんがお亡くなりになったという報道をしているときに、番組観覧者の人々が、彼の伝説(暴れる歌手の頃や味の素事件など)を聞くたびに笑い声が聞こえてくることに私は不思議な気持ちになった。「人の死」という悲しいベクトルのはずが、彼の存在を知らない人にとってはあまりにも新鮮なことで笑ってしまう人がいるのだ。それが何ともやしきたかじんさんらしくもあり、嬉しくなった。同時に悲しくもなった。「ミヤネ屋」では100分近くも時間をさいてくれた。そして、東京でもたくさん、たかじんさんが亡くなったことを伝える番組が流され、正直、たかじんさんのことをあまり知らない人がいるだろうことを想像すると痛快になった。「何でこの人のことをこんなに報道しているんだろう?」という風に思う人がいることを想像すると、だ。おこがましいことだが、それはたかじんだんも痛快に思っていることのような気がする。私は何故か「それ見たことか」という痛快な気持ちになったのだ。「こんなに凄い人が芸能界にはいたんだぞ」という気持ちになった。しかしながら、皮肉にも、東京などでは、それが彼の死を伝えるときであったということは悲しくもある。がしかし、やっぱりそれも、やしきたかんさんだからのことだと思うようにした。この先もこんなことはないだろう。そんな芸能人はいないだろう。それはやっぱり凄いことだ。

 これからのテレビはますますつまらなくなるだろう。たかじんさんのようなタレントがいなくなったからだ。彼は歌手であり、司会者であり、批評家であった。「タレント」とは英語で「才能」を意味する。そういった意味では彼はまさに天才であった。そして、何より私は大好きだった。

 まだまだ書きたいことはたくさんあるが、なかなかまとめることができない。とりあえず、この辺で終わりにしたいと思うが、これからも、たかじんさんのファンであり続けたいと思う。私にとってやしきたかじんさんは本当に憧れの人だ。とても優しくて面白くて、神経質で寂しがり屋で毒舌で、それを隠すためにたくさんお酒を飲むところも大好きだ。たかじんさんがそれを隠すためにたくさんお酒を飲むということを、テレビを通じて知るようになり、おこがましい話であるが、それを真似して今でも私はたくさんお酒を飲むことがある。面識もないただの1人のファンであるが、本当に大好きだった。やしきたかじんさん、心よりご冥福をお祈りいたします。