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2013年09月

静岡県知事川勝平太氏の“成績下位百校校長名発表”発言。うーむ、それってどーなのよ。

 ここ数日間、静岡県では「全国学力テスト」を巡って川勝知事と県教育委員会との間で対立が激化していましたが、静岡県は私の故郷であり、川勝知事と対決していた安倍教育長の顔もよく見知っていましたので、これらの報道には注目しておりました。

 事の発端は、静岡県の川勝平太知事が小学六年国語Aの二〇一三年度全国学力テストで都道府県別の最下位になったことを受けて、その小学六年国語Aの成績下位百校の校長名を公表すると発言したことです。
川勝知事の発案はともかくとして、中央官庁出身ではない知事だからこそ起こり得た問題であるという印象を私は受けました。そして同時に、やはり、校長名は公表すべきではないと思いました。
結果的に、川勝知事は二十日、方針を転換して、全国平均正答率以上の成績だった八十六校の公立小学校長名を五十音順で公表することにしましたが、安倍教育長もしきりにおっしゃっていた通り、学校名の公表はしなかったとしても校長名を公表すれば学校は特定できるのであって、それは文科省の通達を無視することになるわけで、そういった意味でも今回の件は知事が軽率に発言したと言わざるを得ません。

 そして、さらに言えば、成績改善の対策として校長名の公表が果たして本当に効果のあるものだろうかという疑問が私には残ります。そもそも校長の権限と言うのは大変に少ないのです。校長は県民の負託を受けた県教育委員会の命令を実行する責任があります。しかしながら、その校長には教職員に命令をする実質的な権限がないのです。と申しますのも、そういった権限を裏付ける人事権を持ち得ないからです。人事権のない校長の命令を聞かない教職員は少なくありません。特に「日教組」という集団ともなれば「団体交渉権」として校長に詰め寄ることがあるのでしょう。校長という職務はしばしば教育委員会と教職員との板挟みになることがあるのです。式典での国歌斉唱のときに起立をしない教職員が全国でいることがわかりやすい例でしょう。そして、それらは広島県の例を始め結果的に不幸な事件を生むことにもなりました。校長に責任はあれど権限はないのです。

 そういったことを川勝知事は考慮されているのでしょうか。これらの問題は静岡県だけの問題ではありません。教育制度そのものを改革しない限りどうにもならない、国全体の問題です。教育委員会制度を始め、川勝知事は国へと働きかける必要があるのです。本当にこの結果を危惧されているのであれば、メディアを通じて問題提起をしていきながら、国に対して教育現場の現状と学力テストの対策との関係性について言及されるべきです。そうでなければ、根本的な問題の解決にはなり得ません。無論、それは学力テストの成績向上も望めないことだと思います。

 今回の一連の騒動について報道を通じて見る限り、私にはどうしても、単に教育長を叱りつけると言った“パフォーマンス”か、もしくは知事の一時の感情によって引き起こされた短絡的な“ヒステリック”にしか思えなかったのです。
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