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2014年03月

地元の清掃活動に参加して思うこと~“温性”ある政治とは?国家とは?~

 私が地元商店街主催の清掃活動に参加して1年が経過した。たまたま居酒屋で知り合った方が、その主催者の一人であったことがきっかけであり、その方と「一杯一杯また一杯」と飲んでいるうちに、「じゃぁ、ボクも来月からゴミ拾いに参加しますよ」ということになったのである。

 それから、地元の小学生らとともにゴミ拾いをしているのだが、こういった活動は素晴らしいと最近改めて実感している。しかしながら、「商店街主催」でありながら、商店街の方々の人数が少ないのではないだろうかと感じてしまうこともあり、それはこの活動の弱みでもあると思うのだが、そのことに関して外部の私が口を出すべきではないので、これ以上は言及しないが、意外にも大手喫茶チェーン店の店員さんや大手企業の支店の方々が参加されていることに驚く。そして、何より、地元の小学生の多くが参加していることに私はとても感心している。子どものときにこういったゴミ拾いをしてきた子たちが大人になって平気でポイ捨てをするような大人にはならないであろうと思うからだ。こういう活動を子どもたちとともにしていくことも1つの教育であると思う。そして、自分たちの住んでいる地域を綺麗にしながら、その地域に誇りをもつことは大切なことであると私は思う。

 本日もいつものように清掃をしていたのだが、私はあることに気がついた。それは喫煙所付近のゴミの多さである。缶やビンなどあらゆる小さなゴミが喫煙所付近の花壇に投げ込まれていた。特に多かったのはタバコのパッケージのフィルターのゴミである。おそらく、新品の箱を開けたときにゴミになるものであるのだろうが、それがたくさん捨てられていたのだ。

 確かに、「分煙」や「歩きタバコ防止」に取り組むために喫煙所を設ける区役所やJTの連携は良いことだと思う。しかし、その喫煙所に小さなゴミ箱を設置するのも1つの「知恵」ではないだろう、か。行政がそこまでする必要もないのかもしれないが、JTが共同で設置している喫煙所ならばそういった「心遣い」はあっても良いと思う。なぜなら、それらのビニールはパッケージを空ける際に必ず出るゴミだからである。
ここに、田中康夫氏の言葉を借りるならば“温性”なき政治があるのだと思う。喫煙所を設置するならばそれくらいの“温性”があっても良いのではないだろ、か。「分煙」や「歩きタバコ防止」をしたら、街がゴミだらけになりました、では結果的に街にとって良くなったとは言えないからだ。そして、私はこういう活動をしたからこそ、そのことに気がついたのである。

 無論、本来であればたとえタバコのパッケージのビニールゴミが出たとしても、それらをポイ捨てした人々を非難するのが筋であろう。しかし、喫煙所を設けたならばJTと区役所も小さなゴミ箱を置くという配慮くらい、喫煙者にしても良いと思う。そして、それが結果的に、喫煙者であろうとなかろうと、地域の人々のためになるからだ。

 私は普段はタバコを吸わないので、喫煙者の真の心理はわからない。しかし、現状としてそういったことがあるならば喫煙所付近には小さなゴミ箱を置くべきである。回収はJTと区役所で話すべきだ。そして、同時に、JTがあれほどまでに「分煙」をコマーシャルしているということを踏まえてもJTにはもう少し“温性”ある対応を求めたい。そうでなければ、あれらのCMが単なるイメージアップのためだけではないだろうかという疑いを持ってしまうからだ。

 私は比較的、「小さな政府論者」である。その私が上記のことを要望するのも不思議に思う人がいるかもしれない。しかし、現状を見たからこそ言えることもある。私は「弱者の強者」と言われる人々に厳しい意見を言うときもある。しかし、一見すると小さなことでも、結果的に大きなことに繋がることもあるということも理解しているつもりだ。そして、地域のために多くの方々が尽力していくということの大切さは、私と思想的に共鳴して頂いている方々にも理解して頂けると思っている。「地域のため」という考えは「国家のため」という考えにも繋がるはずだからだ。それが、昨今、「自分たちの地域のため」に尽力することにしか念頭にない政治家がいるから国家観を見誤ることがあるのだと思う。地域なくして国家はないが、国家なくして地域もないのである。

 明治維新の志士たちは「国家観」を見据えていた。彼らにとっては、今まで藩という共同体が「国家」であったのだが、外国の脅威を前にしてその枠組みを外さざるを得なくなった。そういった意味でも現代はさらに「国家観」を見据えることが大切である。無論、そのためには自分の地域を大切にすることが大前提である。そうすることで、それらの人々に選ばれ、はじめて国家の舵取りができるのだ。「国益」のために自分の信念を貫き通すためには選挙に強くなければならない。風が吹いたら飛ぶような政治家ではいけない。それでは時々によって信念を変えなければならないからだ。自分たちの地域を大切にすることが国家を大切にすることに繋がるとはそういうことだと私は思う。そして、それこそが「民主主義」を発展させる方法ではないだろう、か。

 と、地元商店街主催の清掃活動の話からだいぶ話が逸れてしまいました…。
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