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2015年04月

田中康夫氏は行動する〜『33年後のなんとなく、クリスタル』を読んで〜


  私は政治家としても小説家としても田中康夫氏を尊敬している。“もとクリ”である『なんとなく、クリスタル』は私の大好きな本の一冊である。そのため、今回の『33年後のなんとなく、クリスタル』はとても楽しみにしていた本であった。

 読み始めてすぐに、私は斎藤美奈子氏が帯表紙で「彼は懲りていない」といった意味がわかった。そして、その懲りないブリは、かつてとは違う様相であった。“もとクリ”での彼は“東京”という一つのくくり方をしながら、その東京に根付いているブランドなど、それらのあらゆる記号を知っている人には、なお楽しめるといった具合になっていたと思うが、今回はかつての種明かしというかなんと言うか、彼の“周囲”というくくり方をされていたように思う。つまり、彼の周囲の人々はさらに楽しめるといった具合に、だ。そういう意味で「懲りていない」という表現はピッタリだと思ったのだ。

 しかし、本当はそれもやや違うようにも思える。私は、先ほど、彼の小説の記号について、わかる人には、なお楽しめると言ったが、それは彼の本意ではないと思う。それでは、単に“精神的ブランド”に酔っているに過ぎないとも思うからだ。現に静岡の片田舎で生まれ育った、まだ東京を知らない私も、“もとクリ”を楽しんでいた。442の注の、その記号が何であるかということについて理解しなくても楽しく読めたのである。菅原孝標女ではないが、都を想像して楽しむ喜びがあった。それは、都を記号と置き換えてもいいのかもしれない。

 最後の方の本文に《「自分はハトを護るタカだ」と語り、エルネスト・チェ・ゲバラの写真を事務所に掲げることでも知られる元警察官僚》という記述があった。“もとクリ”であったならば、それは注になっても良さそうなものだが、実際の注は「エルネスト・チェ・ゲバラ」のところだけであった。私はその政治家が彼と懇意にしている政治家の1人だと推測し、亀井静香氏だと思っている。私は亀井氏が部屋にチェゲバラの写真を飾っていることを知らなかったが、田中康夫氏が彼と懇意にしているということは『ペログリ日記』を拝読していればわかることだ。しかしながら、私はそのときにあることにも気がついた。それは、本来であれば、《「自分はハトを護るタカだ」と語り、エルネスト・チェ・ゲバラの写真を事務所に掲げることでも知られる元警察官僚》から連想される政治家のイメージを“純粋”に楽しむはずが、すでに私の中での亀井静香氏のイメージが先行してしまい、田中康夫氏の表現を純粋に楽しめないということに気がついたのである。そのときに、もしかしたら、“もとクリ”もそのブランドをすでに知っていたならば、自身のイメージが先行してしまい、純粋にその隠れた注から想像される意味合いを楽しめなかったのではないか、と思ったのだ。つまり、菅原孝標女的楽しみはなかった、ということだ。

 今回の注が以前より不親切、言い換えるならば、彼の主観が最小限になっていたような気がすることをTwitterでも呟いたが、それは彼が政治家になって感じたことを含め、私たちに何かを問いかけているように私には感じられた。それはつまり、彼が政治家として成し遂げられなかったことを、改めて小説家として「あとは自分で考えなさい」という具合に、私たち一人一人が思考することを要求し、そして同時に何かしらの行動をすることを望んでいるのではないだろう、か、と。

  田中氏も含めて、今回の本の登場人物たちは《思うだけでなく、言うだけでなく》実際に行動している。33年前、“なんとなく”気分の良いものを買ったり着たり食べたりしていた人たちが、33年後も、その“直感”のままに、“なんとなく”おかしいと思う、その疑問を大切にしながら、政治や社会を変えようと《微力だけど無力じゃない》と思いながら行動しているのだ。

  33年前、“なんとなく”を批判した“精神的ブランドに依拠した”人々には理解できないことかもしれないが、“なんとなく”を大切にしながら、彼らは行動しているのである。もちろん、それは無意識のことかもしれない。しかし、そこは問題ではないと思う。

 由利さんのセリフの中で、田中氏が震災のときに繰り返し言っていたこととして《出来る時に出来る事を出来る人が出来る限り》ということが取り上げられていた。

 彼は小説家として新たに「出来る事」をした。政治家として成し遂げられなかったもどかしさが小説の前半部分にも書かれていたが、彼にとって今「出来る」ことはこれなのだと思う。

  だからこそ、私はあえて言いたい。またさらに小説家の後に、彼が、田中康夫氏が、再び政治家として活躍する日を楽しみにしている、ということを、だ。むろん、それは、ただ待ち望むというわけではない。私も「出来る事」をして、である。
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ファッションから語る上西小百合議員報道〜その下まつげのマスカラの濃さってどーなのよ!?〜

上西小百合議員。31歳。衆議院議員(2期)。無所属。

 さて、上西小百合議員のファッションであるが、会見当日はグレーのツイードのスーツを着ておられた。昨日のニュースで無所属議員として国会にいたときにも、同じグレーのツイードのスーツを着ておられ、コーチの黒のバッグを持っていらっしゃいました。彼女のファッションは女性政治家には珍しく、極めて無難なものである。(一部報道によると、シャネルのスーツだそうですが…。無論、そうすると、どこが“無難”なのか、ということになりますが、一見したら無難であるということです)

  私はその点は悪くなかったと思う。もちろん、もし、あのスーツがシャネルだとしたら、もう少しリーズナブルなものを選べばさらに良いと思うが、そもそも、それくらいの“センス”(感覚の意)があれば、こういった問題も起こさなかったのではないだろうかとも思うので、そこはあえてあまり言及はしない。不本意ではあるが、追及しても仕方ないような気もするからだ。

  だから、あのグレーのツイードのスーツそのものは、色合いも含めて、会見でも、反省した態度がスーツからも見受けられたので、そう悪くなかったと思う。たとえ、それがシャネルであったとしても、ブランドロゴがハッキリと見えるものでなければ、そのときにはさほど気にならないということもあるからだ。要するに、合理的なことを申し上げるようだが、そのときの会見で、誰が見ても明らかなような落ち度があると、こういった問題は尾を引くことがあるので、そのときに“無難”に見受けられればさほど問題はないと思うのである。

 がしかし、色合いが無難であるがゆえに、表情に注目が集まってしまうのも事実である。服装が無難であるため、彼女が記者の質問に対して嘲笑ったように見受けられる様子や、ふくれ顏をしているように見受けられる表情など、それらがとても目立ってしまうのだ。

 あれで、真っ白なスーツやピンクのスーツを着ていらっしゃったならば、反省の色はそれほど見受けられないかもしれないが、派手な服ほどそこに目がいくため、顔の表情には注目がいかないだろう。


  だから、本来であれば、あのグレーのツイードスーツで、反省した態度を有権者に示すよう、彼女自身の言動そのものがもう少し“エモーショナル”なものでないものであれば、さらに良かったのだと思う。

 ただ、最後にあえて私は申し上げたいが、上西議員に思うことは、何よりも、下まつげのマスカラがあまりにも濃すぎるのではないだろうかということである。ボリュームがありすぎる。私は彼女のその点が女性からの反感を買うような気がしてならないのだ。つまり、下まつげのマスカラのボリュームの多さや会見での態度などが含められてしまうため、事実かどうかわからないが、シャネルのスーツだの何だのという報道が一部で騒がれてしまうのだと思う。

 この先、上西議員関連のことで大きな報道がない限り、本日で上西議員関係のブログは最後にしたいと思うが、あえて最後にも申し上げたい。くどいようで申し訳ないが、上西議員の下まつげのマスカラの濃さ。何なんだ、アリなのかそれって。

比例復活で当選した議員が所属政党を離れた際の正当性とは?

 上西議員の報道でも改めて話題になっているが、比例復活で当選した議員が党を離れることになった際に、議席を保有する正当性があるか否かである。
法律上は全く問題ないが、こういったことが起こるたびにいつも話題になることだ。
私は、今回の上西議員の正当性とは別として、比例復活当選した議員が党を離れても、議員のままでいることには幾ばくかの正当性があると思っている。それは、比例当選ということであるため、党全体の得票数で得た議席ではあるが、その離党した議員にも一定数の得票があったのは事実である。その議員が、その政党にいたことで、有権者の中には、その政党に票を入れたということもあるだろう。もちろん、比例復活当選できたということが、その議員の実力そのものとは言い難いが、結果的に比例復活当選できたということの事実の幾ばくかに、その議員の集票もあったはずだ。

 しかしながら、法律上は何ら問題のないことなので、本人が続投するといえばそれまでのことなのだが、比例復活当選議員の離党や党除籍などのときに、毎回こういったことが取り上げられるので、少し私見を述べさせてもらった。そしてまた、さらに思うのはだからこそ、離党や除籍になった理由が最も大切であり、今回の上西議員が議員を継続することが正しいかどうかということは、正直、現段階ではそこまで言及はできない。

 比例復活当選した議員が離党や除籍されても、そのことに対する大義や、真っ当な理由があれば、それ自体は評価されることだろう。それは次の選挙までに有権者が判断することであると私は思う。

昨日のブログ訂正

昨日更新したブログに「上西議員の態度に関して一部報道機関が“浪速のエリカ様”として彼女を取り上げているが」と記載しましたが、どうやら、上西議員は、この問題以前から“浪速のエリカ様”の“愛称”で報道されていたようです。どうしてそうなのか、ということまでは私にはわかりませんが、誤解を招くような記載になってしまったので、ここで訂正させて頂きます。

上西小百合議員のマスコミ報道に思う、何なんだ、アリなのかそれって


 昨日に続いて、本日も上西小百合議員に関してではあるが、私はマスコミの報道に対しても「何なんだ、アリなのかそれって」と思わずにはいられなかったのである。

 まず、今回の不倫疑惑報道であるが、関西テレビが先導して報道していたらしいが、問題となった囲み取材も、すべて関テレの記者5、6人がカメラ片手に上西議員に詰め寄ったらしいのである。橋下氏も指摘していたようにそれほど大がかりに囲む必要があったのだろうか。むろん、だからと言って、上西議員やその秘書の、ああいった態度が肯定されることにはならないが、何か異様なものを私は感じたのである。

 結果的にしっかりと裏を取った報道でなかったがために、混乱を招いたのは事実である。それほど根拠が薄弱な中で、あれほどの大人数で、さも鬼の首を取ったかのように議員に詰め寄るというのは、橋下氏がしきりに指摘していた「フェア」な報道なのだろう、か。

 さらに、会見では橋下氏が、今回の関西テレビの取材チームの一人に、上西議員と小選挙区で戦った渡嘉敷奈緒美議員の関係者がいるということを指摘していたが、もしそれが事実であるならば、「何なんだ、アリなのかそれって」と思うのである。関西テレビ側が、「囲み取材も含めて状況を作り出したわけではない」と否定するのもわかるが、そして、事実そういうことではないにしても、今度は関テレの報道姿勢が疑われてしまうことにもなるだろう。それらが偶然であるにしても、そこはマスコミとして、「フェア」であるとは思われないからである。

 今回の騒動は、報道後の上西議員の態度や橋下氏の発言などで、マスコミが一斉に報じたということで大きな問題に発展したが、そもそも、マスコミはもっと取材をして裏を取って、証拠や確信があるなかで報じるべきだったと思う。統一地方選が近くにあったということも含めればなおさらのことである。

 もちろん、時期を考慮してまでも不正な政治家の追及をするばきではないとは言わない。しかし、今回の報道姿勢が適切であったかということには少しばかりの疑問が残るのだ。政治家の問題を追及するのはマスコミの使命であり、疑惑があれば追及し報道するべきであると思うが、結果的に国民の政治不信を煽るだけでは意味がないだろう。

そして、最後に、上西議員の態度に関して一部報道機関が“浪速のエリカ様”として彼女を取り上げているが、これにもまた思わずにはいられない。何なんだ、アリなのかそれって。

上西小百合議員に思う、何なんだ、アリなのかそれって

 
 上西小百合議員が一連の報道に関して、3日に記者会見を開いた。橋下氏と、彼女の秘書も同席した会見を私は拝見したが、上西議員に対しても、関西テレビを中心としたマスコミに対しても、「何なんだ、アリなのかそれって」というのが正直な感想である。

 上西議員の行動にも問題があったのは間違いないが、どうやら「秘書と旅行疑惑」というのは事実ではないようである。最初のマスコミ対応の悪さが結果的に、こういった事態を招いたのだろう。

 まず、上西議員に対しての「何なんだ、アリなのかそれって」と思うところは、記者会見中の態度である。確かに彼女としては「誤報」という気持ちがあるのかもしれないが、会見中、橋下氏が述べていたように、12日と13日の行動がそもそも不可解なのが原因であり、その点に関しての謝罪の気持ちはあると思うが、そうでない点に関して、納得がいかないようで、それがあまりにもあからさまで、それが反省の態度を掻き消しているように見受けられるのだ。あくまでも釈明謝罪会見なのだから、いくら濡れ衣の部分があったとしても、せせら笑うような感じにも見受けられることはするべきではないだろう。

 ただ、もう1点よくわからないのが、なぜ15日の宮津の宿泊先が秘書の実家なのかということである。どこに泊まろうが勝手なのかもしれないが、会見によると秘書には交際相手もいるようで、政治家が秘書の実家に泊まるということが私には不思議でならないのである。これは、二人の関係が怪しいとかそういったことを言いたいのではなくて、単純な疑問として、いくら秘書の実家が近くだからと言って、政治家が異性の秘書の実家になぜ泊まるのかということである。これらも含めて、“公人”という感覚の欠如が今回のすべての原因ではないだろうか。

 とりあえず、党としては除名余分ということであるが、ここでまた、例のごとく比例復活議員の議席返上か否かの議論にもなる。今回の騒動が国民の政治不信を煽ったことは言うまでもないだろう。

 マスコミに対しての「何なんだ、アリなのかそれって」は明日、更新します。