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2015年09月

山本太郎氏の政治的"センス"を訝る。

 
 憲法解釈の変更による集団的自衛権行使を認める安全保障関連法案が19日未明に成立した。委員会などでの与野党の攻防が話題になっていたが、3日連続の深夜国会でひと際注目されたのは山本太郎氏だろう。もちろん、悪い意味で、である。18日の本会議では”喪服”姿に”数珠”を手にして焼香のマネをするという”不見識”極まりない行動をしたのだが、彼の”政治的パフォーマンス”を見ていて、私はとても苦々しく思った。多くの方もそう感じたのではないだろうか。「自民党が死んだ日」ということらしいのだが、「民主主義が死んだ日」ならばともかく「自民党が死んだ日」というのもよくわからない。

 それに、彼は喪服姿に白のポケットチーフを挿すという、日本の慣習にはそぐわない”非常識”な着こなしをされていた。細かいことかもしれないが、それでは、「そんなに目立ちたいのか」と批判されるのは当然のことだろうと思う。法案の賛否にかかわらず、私は山本太郎氏の政治的”センス”を訝る。むろん、”感覚”としてのファッションセンスも、である。”良識の府”である参議院議員として恥ずべきことだと思う。”一人牛歩”というのも、野党連携に支障を来しているようにさえ見受けられる。
 
 そして、さらに不可思議なことは、このことに関して賛否の”賛”があることである。もちろん、物事には賛否はあるだろうが、彼のこれらの行動を見て全面的に「よくやった」と言えるだろう、か。私には到底理解できない。くどいようだが、法案の賛否に関わらず、である。彼のこういった”政治的パフォーマンス”は国民の理解を得られないだろうし、こういった行動こそが、彼の主張を浸透させない要因ではないだろうか。語弊があるかもしれないが、それは、つまり”裏目”に出ているということである。

 「こういった行動を通して多くの人に政治や法案に関心を持ってほしい」と思っているのであれば、それは政治家として間違いであると思う。国民を愚弄しているとさえ私は感じてしまった。彼は政治の本質を見失っているような気がする。
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空港における地上勤務の責任感と"武士"

 先日、ある居酒屋さんで空港の地上勤務をされている方々に出会った。飛行機の誘導や給油などの地上業務を総称して"グランドハンドリング"というのだそうだが、その中でも彼らは、棒やライトを使って離発着時の航空機に合図を送る"マーシャラー"と呼ばれる係りをしているのである。彼らは当たり前のように(もちろん、毎日の仕事なのだから当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんが……)、その話をしてくれた。私は少しばかり酔っていたせいか、そのときに、彼らがまるで「武士」のように感じたのである。三島由紀夫氏が市ヶ谷で自衛隊員をそう呼んだということが思い出されたのか、私にはそのとき、ふとそう感じたのである。やや大げさな表現になってしまったが、この時代にそれほど、ある種の緊張感を抱いた仕事をしているということに何やら「武士」に通ずるものを感じたのである。彼らは毎日、何十人、何百人が乗っている航空機を何十機と担当しているわけであり、無論パイロットなども同じではあるだろうが、多くの人命を預かる緊張感というのは凄まじいものだろうと想像できる。
 
 小林秀雄氏は『考えるヒント2』(文春文庫)の「忠臣蔵Ⅱ」の中で、江戸時代以降の武士が《実在の敵との戦いを止めて、自己との観念上の戦いを始めた》と書いていたが、観念上とは違うものの、敵と戦うのではない"緊張感"といったところに、私が彼らを"武士"と感じた"ヒント"があるのだと思う。私は飛行機で移動するということは滅多にないので普段はあまり気にしていなかったが、日本に、毎日毎日、多くの人命を”直接的に”預かる仕事があることを実感した。そういった意味でも、素直に敬意を表したいと思う。