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2017年04月

今村雅弘氏の復興大臣辞任について思うこと

久々の更新になってしまいましたが、少し思うところありまして更新しました。
一昨日、「創刊21年月刊日本を叱咤激励する会」に参加させて頂いたのですが、そこで哲学者で文藝評論家の山崎行太郎先生とともに、今村雅弘前復興大臣と、ほんの少しお話しさせて頂き、お写真も撮って頂きました。
本日、今村先生が復興大臣を辞任されたということでとても驚きました。私はツイッター等でファッションについて少しいかがなものかという意味合いで批評もしておりました。
お会いしたからこういうことを申し上げる訳ではありませんが、正直、今村前復興大臣はとても良いお方だなぁという印象を受けましたし、信頼できる政治家だと思いました。
いくらお会いしたからといって、支持したくないと思う政治家の方も正直います。
確かに、昨日の二階派のパーティーのご発言に関して報道を拝見しましたが、被災者の方々からしたら許せないだろうというお気持ちもわかります。
しかしながら、誤解を恐れず、あえて申し上げるのならば、少し「言葉狩り」が過ぎるのではないかとも思いました。もちろん、政治家は言葉を疎かにしてはいけません。昨今、言葉を疎かにしすぎる政治家が多いのも事実です。
しかし、もう少し業績評価だとか、政治的スタンスだとか、そういったものを考慮しても良いのではないかと思います。恥ずかしながら、私も今村前大臣の復興大臣としての業績だとか政治家として何をしてきただとかは存じません。しかし、彼を批判した方々も恐らくそういったことまでは考慮していないだろうと思います。
真の国益とは何なのか。
哲学者で文藝評論家の山崎行太郎先生は、ご自身のブログ等で、マルクスの『資本論』の「人には言わせておけ。私は私の道を行く」と引用した上で、「私は自分の眼と、自分の感覚、自分の頭を駆使して決める」と主張され、今村前大臣を擁護されていた。
私もそうありたいと思いますし、擁護したいと思った気持ちを大切にしたいです。
ただ、今村前復興大臣の辞任で、他の閣僚への追及が止むようなことがあれば、そんな落とし前のつけ方はないと思います。
こういったある種の「言葉狩り」のようなものが続くと、この国は無能でクリーンな政治家に滅ぼされるかもしれません。
人の悪を攻むるは、はなはだ厳なることなかれ、その受くるに堪うることを思うを要す。
少し大げさなことを申し上げたかもしれませんが、今村前大臣には、「四耐四不訣」の心境で今後も頑張って頂きたいと思います。
内山卓也拝
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